半世紀生きてきて、そのほとんどを子どもたちの教育に捧げてきてわかったこと。それは、
賢さが、もう止まらない、ということ。30年前に自分の父親が経営する学習塾で初めて教鞭をとったけれど、その頃の日本の子どもたちの英語力という側面から見ただけでわかる。30年後の、この令和のたとえば中学生の英語力は昭和の子どもたちの英語力をはるかに超えている。それは、インターネットの到来だったり、急に国際化社会になったり、海外旅行費が格安になったり複数の要因があると思います。
30年以上日本人に英語をお教えし続けて思うこと。人類って勝手にどんどん賢くなっていくんだなぁ、ということ。
たとえばわたしが小学1年生だったーー昭和50年代です。ーーころ、小学校に上がる前にひらがなやカタカナの読み書き、簡単な計算を我が子に教えるかどうか、が大問題だったのですよ。賛成派は「もちろん幼稚園時代に教えておくべき。勉強は少し先取りしておくべきで、そうすることにより子どもは余裕を持って小学校の授業が受けられる。」でも反対派は、「幼稚園時代から勉強させるなんてかわいそう!字なんて小学校に入ってから学べば良い。計算力もしかり。幼い子どもは遊ぶのが仕事。もっとのびのびとさせよ。」と、両者譲らなかったです。
でも今、どうでしょう。あれから40年以上経った令和の今、幼児期に何の学習経験もないまま小学校に上がるお子さんはもうごく稀な少数派でしょう。みなひらがなくらいは読み書きができているだろうし、漢字も、少なくとも自分の名前の字くらい書けるようになって小学校に入学していませんか。そして数字もヒトケタ同士の足し算や引き算ぐらいクリアしていないでしょうか。昭和の勉強反対派のように、「幼稚園児に文字の勉強させるなんて、机に向かわせるなんてかわいそう!」と言うひとはもういないでしょう。
そして同じことが英語にも起きています。
ほんの20年ほど前ですよ。「英語なんて中学からでじゅうぶん。小学生時代は算数や、母語である国語に注力すべし。早期英語教育なんて贅沢品のようなもの。ナンセンス。」であると。でも今その早期英語教育を否定する声は日に日に小さくなっていっています。
わたし自身はこの早期英語教育を否定も肯定もしません。わたし自身も中学から英語を学び始めたのですから。ただ、タイトルにも書いた通り、加速する人類の賢さの成長、という視座で教育の歴史をみてみると、もう
時計の針をもとには戻せなさそうです。
だって今、「幼児にひらがなや計算を勉強させるなんてケシカラン!」と憤慨するひとなんて、もうそれ、
絶滅危惧種
でしょう。同じことが英語の早期教育にも言えます。
「簡単な日常英会話や発音を小学生に教えるなんて早すぎるしナンセンス。英語は中学に入ってからでよろしい!」というご意見も、もう、北極のシロクマ並に危惧種でしょう。
英語をなるべく人生の早い時期に身につける、というこのトレンドはもう時代の流れ。
誰にも止められません。
良い・悪い、を議論する時期はもうとうに終わったと思います。
と、いうことで小学生・幼稚園生のみなさん、ピアノやスイミング・算数や漢字テストでお忙しいこととは拝察できますが、
英語もがんばってね。令和の子どもはね、持って生まれた能力そのものが高いんよ。
大丈夫。出来るよ、あなたたちなら。
